金さえ出せば、幼児でも、大人と同一の商品を買い、同一のサービスを享受することができる。
属人性を一切顧慮されないということは、しばしば社会的立場の弱い人間にある種の全能感をもたらす。
けれども、どんな場合でも先取りされた全能感はそれと等量の無能感によっていずれトレードオフされるのである。
「商品を買ってくれさえすれば買い手は誰でもいい」ということは言い換えれば、学校がその入学者に向かって、「ここにいるのは君でなくてもよかったのだ」と宣言しているということである。
そのメッセージは執拗低音のようにつきまとって、学生たちのアイデンティティの基盤を腐食させる。